インタービュー
*『トロピカル』とは何かが知られてなくに変更
半沢:『SPIRIT.』はサントリーがトロピカルドリンクを販売すると言う事で作ったフリーペーパーで
当時日本では『トロピカル』とは何かが知られてなくてADの原さん(原耕一)
コピーライターの梅本さん(梅本洋一)と僕が呼ばれて「一番いいホテルに泊まって、一番いい酒飲んで、
一番いい車に乗っていい仕事をしてくれ、ただし面白くないとダメだよ。
笑えるやつを作ってくれ」と言う事でジャマイカ、プエルトリコ、ハイチを3週間かけて回ったんだよ。
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*撮影の為のセットじゃなくて『本物』を入れる。
半沢:『高野山』は仕事でハイヴィジョンで撮っている時にスチールを撮ったものが写真集になったものなんですよ。
日本の仏教は基本的に自分で作ったものではないじゃないですか、インドで生まれて中国通って日本に来てからかなり変わって来ているから
儀式が重要な仕事になっていて自分たちが新しいブッタを作るとか思想を作ると言う事ではなくて
向こうから来た物を常に勉強して儀式を続けてやって行くと言う事が、日本の仏教の『形』なんだよね。
だから儀式もショー的要素があるし『形』が中心になっていると思うんだよ。
僕は儀式の写真はおもしろがって撮っているよう感じなするよね、「楽しいな」って感じかな?
それと1200年も続いていると言う事は建物一つとっても凄く洗練されているんですよ、
その洗練のされ方は半端じゃなくてそれこそ日本人の『洗練の極め』みたいな物がそこにあるし撮影の為のセットじゃなくて『本物』とだからね、それは撮ってみたいと思ったね。
襖の取手とか袈裟のあの色、皺の出来方なんかは相当いい生地でないと出来ない。
一つ一つが凄く洗練されていて1200年の『洗練の極め』と言うかその『美意識の極め』の方に興味も持ってしまうよね。
特に密教と言うのは『美意識』みたいな『感覚』を凄く大事にする宗教だから禅宗と違ってカラフルだし、
『感覚を解放』すると言う事が一つの密教の世界にあるからデザインチックで洗練されていているよね。
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*禅の所削除
ShINC.:半沢さんは『禅』の『侘び寂び』と言う所には興味ないのですか?
半沢:あんまり撮りたいとは思わないよね。密教だからおもしろい、派手だしポップなんですよ。
ShINC.:そこは『SPIRIT.』と共通点ありますよね。
半沢:あると思うね。人間の生きる喜びとか官能だったり、感覚的な物を密教は大事にするじゃないですか、
ShINC.:それでやはり『高野山』と言う事になったわけですか、高野山の仏像の写真のライティングは今までの仏像のライティングと違いますよね。
半沢:ライティングをしていいと言う事で博物館の写真にあるような斜め45度からのレンブラントライトを試してみたんだけど撮ると
『仏像』でなく『彫刻』になってしまうだよ。彫刻にしか見えなくて仏像に見えないんですよ。
だってあれ(仏像)は電気のない時代に作られたものだよね。お堂の中にある物でロウソクだったり外の地明かりで見る訳で
ライティングした光で見る事は昔の人はないし、もちろん作った人もあり得ない。それで昔の人が見た光と同じ物を
作らなければならないので照明のティームと「昔はどうだったんだろうね」って考えたんだよ。
今みたいにあちらこちらで仏像を見れる訳ではないて高野山に行くまでに山賊にあったりして何日も掛けて山道を登って行く訳じゃないですか?
そう言う人達が見る仏像と今の人達が見る仏像では全然違うものだと考えてそう言うライティングをしようとロウソクでやってみようとしたけど
火事が危ないのでシャンデリアの電球を30個くらい並べてロウソクと同じような配置にしてライティングしたんですよ。
ヴォルテージを上げ下げしてロウソクにようにチカチカさせて撮ったら凄い事になったんですよ。
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*コマーシャルを『作り物』に変更
ヨーロッパの場合はフランス人とイギリス人は見つめ合って理解し合わなければならないけど日本人は同じ民族だから解かり合っていて見つめなくても
OKだからお互いに直視する事を避けてファンタスティックの方に行きたがるんだよね。
そこが日本人の『長所』であり『短所』だからそれが『良い方』に出た場合は『長所』になるけど
現実を直視しないでお互い『なあなあ』でやっていて『悪い方』に出ると『原発事故』のような事になってしまうんだよね。
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*コマーシャルを『作り物』に変更
ShINC.:『HANZOライティング』のグラビアアイドルの写真を見るとその『現実逃避』を感じますね。
半沢:『リアリティー』も必要だけど『ファンタジー』も必要なんだよね。『リアリティー』と『ファンタジー』が混じり合っている所が面白いんだよ。
ある程度『夢』が必要で、かと言って『夢』だけだったら嘘くさい『作り物』になってしまうのである程度『現実感』を残しつつある程度の『夢』を撮る。
と言うのが写真の出来る『ぎりぎり』のところじゃないかな?絵だったらもっともっと『夢』の世界を描けるけど、、、。
現実そのものを『リアル』に撮るのはドキュメントのカメラマンの仕事で、僕は『現実の中に夢を見る』と言うか、あまりドキュメント写真には興味ないよね。人間は想像力があるから『嘘』と『ほんと』の両方ないと退屈してしまうんじゃないかな?人間だけだよねそんな事感じるのは。
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*ケニアでマサイ族の若者の『戦士の儀式』を撮って日本でも若い人達を撮ろうと思ったんだ。に変更
ShINC.:レイブに集まる日本の若者達の写真は?
半沢:ケニアでマサイ族の若者の『戦士の儀式』を撮って日本でも若い人達を撮ろうと思ったんだ。
始めは暴走族とかガングロを撮ったんだけど、暴走族は開放的じゃないんだよ。基本ヤンキーだから上下関係はあるし『自由』じゃない。
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ShINC.:最後に写真家を志す若い人達に一言お願いします。
半沢:カメラ持っているから偉いってことはないしカメラ持ってカメラ持ってない相手に向かう、
武器持って武器を持ってない相手に向かう訳だから『人』に限らず犬でもネコでも植物でも生きてもの全てに対して被写体に対してとして『尊厳』を
大事にすると言うのがカメラマンとしての礼儀だと思うんだよ。
(インタビュー:五味彬 2013年5月)













